光と風と時の部屋

どうも、こんにちは。m(__)m(^^)/四国在住の多趣味人です。中でも主な趣味は、読書や創作、運動、筋トレ、書道、カラオケ、音楽鑑賞等です。「健康オタク」ともよく言われます。こちらでは、日記や随筆やポエムやイラストの掲載、お勧めのグルメ紹介、時にハウトゥー記事やトレンド記事、また様々な役立つ商品の紹介等を行なって行きたいと思います。極力の極力で、皆様にとって、愉快で楽しめる且つ、為になる記事を書いて行けるよう、努力致します。どうか宜しくお願い致します。

学習小説『まどろむ盆栽』

     「まどろむ盆栽」

 こちら清野家(せいのけ)は、塀に覆われた広い家だ。だが屋敷ではない。普通の民家だ。庭が広く、盆栽が多く並べられている。塀が開いた表口から玄関まで、丸い石が埋められている。
 和を愛する家で、御金に余裕があれば、それはよくある事だろう。
 十月に入り、気候的には秋らしい秋になろうとしていた。この家には、清野美奈子と言う、十七歳になる高二の少女がいた。美奈子は一人っ子だ。美奈子は、一階の自分の部屋を出て、廊下を通り、自分専用の白いサンダルを突っ掛けて、広い庭に出た。今日は、土曜日で学校は休みだった。美奈子は、部活と言えば、文芸部に所属していた。美奈子は、読書や演歌鑑賞が好きだった。気の合う友人とは、バドミントンや水泳も週に何度かはやっている。
美奈子は、今日は一人だった。今は、午前二時頃だ。祖父母は朝から温泉旅行に出掛け、両親は昼食後に、少し遠いデパートまで買い物に出掛けている。
 美奈子は、今日は朝は読書と音楽鑑賞、正午過ぎからは、先程までは部屋で小説を書いていたのだった。十一月の文化祭は近い為、文芸部に出す作品は、美奈子は十月に入る前には終わらせていたので、今度個人的に出版社や新聞社の文芸編集部に出す作品を途中まで書いていたのだった。
「ふうう、おやつの芋(いも)羊羹(ようかん)は、ちゃんと三時になってから、食べないとね。緑茶と一緒に。」
と美奈子。
(ちょっと、倉庫…ううん、倉庫の隣の、書庫へ………。)

「ええと、今日はどの本を持って行こうかな。前に呼んだ本は、またここへ戻すとして、と。」
 美奈子は、本の中でも、特に古典文学が好きだった。西欧の文学は特に読まず、ここにもあまり置いていない。あるのは、ロシアのドストエフスキーの「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」、トルストイの「戦争と平和」ぐらいだった。代表作だったが、日本文学をこよなく愛する美奈子の目には、殆ど入らなかった。美奈子が読むのは、歴史か古典か現代文か、日本や中国の民俗学、妖怪伝説の本などが好きで昔からよく読んでいた。
初めて読んだのが、芥川龍之介全集だった。「羅生門」を一番最初に読んだ。次に夏目漱石全集、その次に太宰治全集だった。太宰治の「走れメロス」とか「女生徒」は面白かったが、「人間失格」は、人間の弱い部分を深く細かく観察され描写されていたかのようで、読んだ時は、美奈子は正直病んだのだと言う。それを読んでからは、毎日のように何か本を読むぐらいの美奈子でも、三日間の間だけは本を読む気を失い、金曜日から日曜日までの間、一本の歴史シミュレーションのテレビゲームに熱中した。いつも一人で堅い本を読み過ぎていたので、久し振りにテレビゲームをすると肩の荷が軽くなった感じもした。
ロングヘアだが丸い眼鏡が似合っている美奈子は、いつも大人しいが、柔和な性格で根は明るかった。

 ここは、書庫の中だ。勿論、倉庫と同じで靴は脱ぐ必要が無い。母屋の物置にも、何冊か本は置いてあるらしい。
 倉庫程ではないが、いつもは埃冠っている。美奈子も、読みたい本を下ろす時にその本に付いた埃を、叩きや渇いたティッシュでしっかり拭き取る様にしていた。
 美奈子の祖父が歴史小説家で日本史教師であり、亡くなった祖母は身体が弱かった為、祖父と見合い結婚して間も無く紡績業を二十五歳で退職後、専業主婦しながら編み物の内職をしていたのだった。祖母も、祖父からの勧めにより、歴史と古典には詳しかった。美奈子の父は、古文の教師と時代小説家を兼業し、母は出版社勤務で雑誌の編集をしている。
 美奈子の家系は、何かと言えば文学家だった。二百年前に生きていた遠い祖先である祖父は、優秀な古文学者だったと言うから驚きだ。
 ここで美奈子は、幼少の頃から時代小説家かミステリー小説家か何かになりたいと言う夢があったのだった。それで、よく本を読んで勉強しているのだ。
 美奈子は、国語では古典、社会科は日本史が理科は生物学が得意だった。しかし、数学や物理、化学などはあまり得意ではなかったのだった。古典と日本史は特に優秀なのだが、反面物理は、一度だけ追試を受けた事があった。それで、自分には理数系は向かないと承知していた。大学も、多分どこかの私立大か女子大になるだろう。国立は今更になって頑張っても行ける見込みは無かったので、国語と歴史、まあまあの英語の三つを二年時から集中的に頑張っているのだ。
「さて。今日はどれに…いや、やっぱり埃が凄いなあ…ごほごほっ……。」
先ず、ドアと御向かいにある左の端の棚を見てみる。木製の古い、昔の本棚だ。幾部は錆びていた。先ずは、やっぱり好きな古典文学、日本近現代文学からメインに読んで行こうと思っていた。
樋口一葉の『たけくらべ』『十三夜』『うもれ木』はもう読んだわね。三か月前なのに懐かしいなあ。いつかまた読み返そうかな。あ、森鴎外の『舞姫』、島崎藤村詩集の『若菜集』だわ。これらも、三か月前には読んだなあ。ううーん、目移りしちゃう。早く新しいの探さないとね。ここはちょっとカビ臭いし蒸し暑いし。さて、この辺のは大体読んだなあ。あ、幸田露伴の『五重塔』、田山花袋の『蒲団』。この二つは、まだ読んでなかったなあ。まあ、置いておいて、後でまた考えようっと。田山さんって確か、平面描写の主張をした人でもあるのよね。その『蒲団』が、日本の私小説の出発点だったかしら。」
独り言の癖は、内向的な美奈子には昔からあったが、書庫に入れば更にその癖は高まるのだった。
「あ。坪内逍遥の『小説神髄』だわ。それで展開した小説理論を『当世書生気質』で実践したのだわ。これはまだだし、すぐに読んでみたくなっちゃった。よいしょっと。あ。こっちは二葉亭四迷の『小説総論』ね。展開した小説理論を『浮雲』を具体化させたそうね。何かで読んだ事ある。ツルゲーネフの作品を翻訳した人物でもあったみたい。凄い。“言文一致”の文体を主張したのね。これも何かに書いてあったわ。よし。この二つは、決めたわ。楽しみね。併読してみようかな。ううん、分からなくなるからやっぱり一つずつかしら。うふふ。」
美奈子は、これらの本を書棚から右手で引っ張り出して、左腕で抱えた。
「他に、自然主義の代表作家では…と…。あら、徳田秋声ね。『新所帯』『黴(かび)』『あらくれ』か。私もあまり眼中になかったけど、思い出したわ!尾崎紅葉の弟子でもあった人物で、日本の私小説の確立者だったわよね。そう。きっとそう。こちらの正宗白鳥自然主義の代表作家ね。『何処へ』と『牛部屋の臭ひ』か。こちらの方は、内村鑑三に影響されたが後(のち)キリスト教から離れて作家となった人物だったわよね。でも、私はキリスト教の事はよく分からないなあ……。今はこの二方のは置いておいて、またゆっくり読もうかな、と。まあ、何れは全部読むと思うけど…うん。」
 美奈子は、独り言を挟みつつも、気に入った本を持ったまま書庫の奥へと進む。
「あ、“白樺派”って書いてある。説明書きまであるわ。流石は、御爺様だわ。ええと何々、…………『自然主義に反対し、自我崇拝と人道主義に立脚。新思想主義とも。大正時代、雑誌“白樺”に結集し、個性尊重を特徴とした自由な作風を競った。』かぁ。ううーん。成る程。でもやっぱり、難しいなぁ。こちらの代表作家は、そう、あったわあったわ。武者小路実篤ね。新しき村を創設した人でもあるみたい。凄い。著作は『お目出たき人』、『幸福者』、『或る男』ね。ふんふん。これはまた今度ね。多分まだ私には難しいかも。あ、志賀直哉だ。懐かしい。ここにある物は、去年全部読んだなあ。最初に読んだのがこれだわね。『暗夜行路』。父親との葛藤を描いた唯一の長編だったわ。でもなかなか面白かったわ。次がこれね。『城の埼にて』は学校の授業にも出たけど、その前に読んじゃったかな。後は『綱走まで』、『和解』、『小僧の神様』ね。内容は全部覚えてるかと言うと、難しけど、面白かったのと、ところどころ感動した記憶はあるかしら。こっちは、有島武郎かあ。『或る女』と『カインの末裔』と『惜みなく愛は奪う』がある。御爺様から聞いた話では、この人はキリスト教信仰から出発したのよね。そのすぐ右は、里見弴ね。有島武郎実弟、これも御爺様から聞いたわ。『善心悪心』と『多情仏心』があるわね。ウッ!ゴホンゴホン!埃が………ふう咽(むせ)たぁぁ。苦しかった。今度来る時は、マスクがあればして来ようかな。やっぱりこの辺の書籍は、何年も手を付けられていない物ばかりが揃っているのかしら。そうかもね。私の家系は皆潔癖なまでに綺麗好きで几帳面だし。ここで本を取る時は周りの埃なんかはきちんと払うわよね。御爺様も御婆様も御掃除とか御庭の手入れをする時はいつも完璧にこなしてるもん。さて、と。……長与義郎、これは実篤の後の白樺派の中心作家、か。メモ書きが一緒に貼られてあるわ。『盲目の川』と『竹沢先生と云う人』と…。倉田百三…『出家とその弟子』。後、国家主義者の作家ね。これもメモ書きが。へええ。」
すると、美奈子は膝(ひざ)丈(たけ)スカートから伸びた自分の脚を見下ろした。白いハイソックス、埃が付着して黒くなりかけている。まだ部分的にグレーに染まっている、と言うところだろう。
「あら、やっぱりね。靴下までが埃冠っちゃいそう。早く出ようかな。」
美奈子は、しゃがむまでは行かなくとも、軽く中腰になり、右手で埃を払った。
「こちらは、プロレタリア文学の方ね。書いてあるわ。徳永直…『太陽のない街』、葉山嘉樹『海に生くる人々』。それからこっちは、井伏鱒二…『山椒魚』……か。あら、でもこちらは新興芸術派だわ。棚の上にそう書いてる。反マルクス主義の立場で享楽的な文学傾向だったのね。こう言うのも良いなあぁぁ。ええと、これもまだね。あ、これ読んだわ。小林多喜二の『蟹工船』。最近は実写映画化もされたんだっけ。そう言えば、梶井(かじい)基次郎(もとじろう)の『檸檬(れもん)』と言う短編は、自分の部屋にあるけど、何回熟読したかなあ。もう中学二年の時から繰り返し読んで、今でも月に一度ぐらいは読み返してるかしら……。」
そしてもう少しおくへと進む。地味に蒸し暑くなって来る。
横光利一の『日輪』に『機械』ね。川端康成と同じ新感覚派で、擬人法や比喩などの文学技巧の核心を目指した反プロレタリアの文学ね。うふふ。これも知らないな。またきっと読むわ。うん。さておいて、次は……と。ふむふむ、新心理主義か。精神分析や深層心理を芸術的に表現しようとしたのね。薄く消えかかってるけど、確かにそう書いてあるわ。伊藤整の『幽鬼の街』、『火の鳥』。堀辰雄の『風立ちぬ』、『菜穂子』と。」
美奈子は、もう少し奥へと進んで行った。
「谷崎純一郎の『陰翳(いんえい)礼讃(らいさん)』、これ読んだなあ、うん、うん。良かったと思うわ。それから坂口安吾の『日本文化私観』。これはまだね。学校の授業で名前だけ聞いたのかな。さて、戦前の昭和の文学はここで終わりね。ここからは、戦後の昭和の文学か。そうね。もう順番に見たしね。ええと、谷崎潤一郎の『細雪』。これも読んでる。うん。川端康成の『千羽鶴』。これはまた今度ね。今度って、いつかなあ。さあ、何週間後か何ヶ月後かはちょっと分からない。もうすぐ三時かな。でもここには時計ないし。と言うか、持って来てないし。ふ……ふわあぁぁ……。」
と不意に欠伸が出た。
「もうこれぐらいでイイかな。こちらにもまだまだ一杯あるけど、また今度よね。石原氏慎太郎の『太陽の季節』。これ知らない…。開高健の『裸の王様』か。『ベトナム戦記』。これも知ってる。松本清張ゼロの焦点』、『点と線』、『けものみち』。うわあ知らなかった。この辺りのはボチボチ新しいかな。司馬遼太郎の『龍馬がゆく』、『国盗り物語』は、知ってるけどこれもまだ読んでないなあ。さてと。……………………出ようか。」

 美奈子は、サンダルを穿いたまま腰掛けて寛いでいた。右側には、書庫から持って来た本を重ねたままだ。庭と繋がる廊下で、前方には見渡す限り、祖父に寄って並べられた盆栽の数々が、塀に張り付くように並べられている。
「三時までもう少しね。それまでここで休んじゃおう。薄暗い場所で立ったまま本の題ばかり見てたから、ちょっと眠くなっちゃったかも・二時四十分か。三時までは後二十分もあるのね。じゃあ丁度良いわ。それまでここで休んでこ。ふぅ。」
と美奈子は、このまま目を閉じた。昼寝する気はなくとも、うつらうつらしているのだ。
三時頃まではこうして休むのだろう。

 美奈子は、腰掛けた体勢のまま、静かに目を閉じている。

それも、一つの “微睡(まどろ)む盆栽 ”のように。
                                              完

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