光と風と時の部屋

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学習&ホラー小説「歴史教師と時空の落とし穴」9

「歴史教師と時空の落とし穴」9

 のっけから、大変なものを見てしまったのだ!これは…………死体だ!しかし、まだ動いている…………。
「きゃっ!…人が…死んでる!」
すると、向こうから喚声が響いて来た。
「自殺だーーっ!こちらです!早く!早く!」
何の騒ぎだろうか、と暦は勿論、第三者ながら、気が付けば目の前なので慌てふためくのは当然だ。暦は、急いで近くの茂みにでも隠れる事にした。すぐに時空転移しなければ、これはマズイ事になりそうだ、とそう思ったのだ。
山背大兄王(やましろのおおえのおう)だ!明らかに、…自殺だな…。間違い無い。見れば分かる。」
「そうですな。」
山背大兄王…暦は、教科書…ではなく、いつも常備している、分かり易い受験用の参考書を開いて見てみる。
そして、すぐに分かった。思い出したのだ。ここは授業でするには細かい箇所(?)になるが、……………………。
聖徳太子による天皇を中心とした中央集権国家樹立の目論みは失敗したが、その後、唐から帰朝した嘗ての遣隋留学生や僧等によって律令制が伝えられた。蘇我氏では、馬子の後、蝦夷(えみし)・入(いる)鹿(か)父子が専横を極め、後の天智天皇である中大兄皇子中臣鎌足らとの対立が深まった。そして六四三年、山背大兄王は、蘇我氏こと蘇我蝦夷(えみし)・入(いる)鹿(か)の襲撃を受け、追い詰められて自殺する事件が起こった。それを契機に両者の対立はピークを迎えた。
六四五年ついに「大化の改新」と言うクーデター(乙巳(いつし)の変)が起こり、蘇我蝦夷・入鹿は倒され、蘇我本宗家は滅亡し、ここに律令に基づく天皇中央集権国家への突破口が開かれた。
(いつの時代にも、理不尽な争いはあったのね。)
 暦は改めて痛感した。教科書や参考書で何十回熟読しようが、DVD等で何度鑑賞しようが、矢張り矢張り、生で見るには足元にも及ばないものだ。
 六六八年、斉(さい)明(めい)天皇の皇太子であった中大兄皇子が、近江大津宮で即位し天智天皇となり、我が国初の近江令を作成した。更に六七○年全国に及ぶ初の戸籍である庚午年籍を作成した。この庚午年籍は、口分田班給の為の土地台帳としての戸籍ではなく、氏姓を正す基本台帳であり、永久保存とされた。班田用の最初の戸籍は持統天皇の六九○年の庚寅年籍である。
 その時、田園風景が広がる場所に、暦は飛ばされている事に気が付いた。
「田園………でもここは大昔よね。風景みれば分かるわ…。」
 農民らしい男二人が、田の前でしゃがみ込んで休憩しながら、何か話していた。
「確か、口分田の班給はよ、日本では六歳以上の良民男女にそれぞれ男に二段、女に三分の二が与えられたんだってな。」
「ああ。その通りじゃな。言い換えれば、五歳以下には班給ないし、女への班給量は男の三分の一を減らしたものだな。即ち、六歳以上への班給は口分田の支給台帳である戸籍が六年毎に作成されたからそうなるんよな。」
 傍らで聞いた戸案、暦は、そうだったわね、と今思い出した。
 その矢先、また暦は時空間に呑まれる。
(もう嫌ああぁぁぁ!御風呂にも入りたいぃ!着替えたいのにぃ……。)

 大きな寺子屋の前にいる。公家や大納言のような平安時代の貴族…いや、ここは正真正銘の平安時代であると、すぐに分かったのだ。誰かが、木陰で本を読んでいる。何処かで見た事がある男性だ。あの凛々しくて、賢そうな顔付き。学問には勤勉そうだ。その時、別の男が彼の所にやって来て声を掛ける。もう一人の男は、木陰の男と比べれば、今一(いまいち)ぱっとしないような感が否めない、と暦は思う。
「道(みち)真(ざね)様あぁ~~っっ!矢張り、ここにおられたのですね!」
「ほう、そちか。何用じゃ?またいつもの、か?ん?」
「はい!そうです!よく御解りですねえ!流石は道真様で御座いますぅぅ!」
「本日は、何(いず)れのものか?」
「はい。ちょっと、算道の、この項でして…はい………。」
「うむ。ん。何じゃ、ここか。授業時、話をよく聞けば分かるところだろうて。仕様が無い。坊っちゃん団子三本程度で良いわ。教えてやろう……良く聞けよ。ええとだな…つまり…。」
「いつもすみません。後で必ず、坊っちゃん団子と御抹茶を、御用意致しますね。帰り時(し)にでも……。」
「仮にも貴族なんじゃから、そちもしっかりと頑張れよ。この大学はな、九年間で卒業出来なければ退学なんだから。」
 (菅原道真(すがわらのみちざね)様か。ああ、私、平安時代の人物では最も好きよ。)
 またポッと、暦は赤くなる。
(うふふ。あの頃、貴族はあれぐらいが当然の時代ね。凄いなあ。学者でもあり漢詩人であり、やがて政治家となって右大臣にまで昇進出来た道真様だけど、確か、その後(ご)間も無く、政争に敗れて大宰府に左遷されたんだっけ。可哀想………。そして説に寄れば雷神様に…??嗚呼、格好良いわ、道真様。)
 ふとその時、また突然にもこの場はフェイドアウト。また場面が切り替わる。そしてまた新たに、フェイドイン。

 気が付けば、夜だった。また時空転移だろう。ほんの僅かな時間と空間の移動かも知れない。第六感として暦にはそう思えた。勘は割と鋭いのだ。真っ暗かと思えば、天気が悪い。しかも、雷雨だ!一瞬、感覚が鈍っていたが、雷雨に打たれているのだとすぐに分かった!凄い雨だ。更に、これはこれは凄まじい雷が、何度も天を割いている。こんなに激しい雷は、暦は久し振りに見た。近くに屋根があった。何処でも良いからと、急いでその下で雨宿りする事にした。
暦は、雷は小学校低学年まではとても恐かったが、小学三年生、つまり中学年ぐらいになって歴史、それも日本史や理科を習い始めてからは、菅原道真の事や菅原道真が死後、雷神になったと言う伝説、雷などの放電現象が分厚い積乱雲によって起こる原理について学んでからは、徐々にだが、雷と言うものを寧ろ好きになったと言って良い。暦は、清楚で大人しいにしては、周りの子より強い子だったそうだ。そう臆病でも泣き虫でもなかった。男子から蜘蛛を見せられた時は、守宮(やもり)やミミズを手で持って見せたり投げ付けて仕返しをして懲らしめた事があるぐらいなのだ。
 良く見ると、そこは宮中の清涼殿である事がすぐに分かった。腰元らしい一人の女がもう一人の女と何か話していた。
「こ、これは、道真様の祟りかも知れません。」
「道真様…。嗚呼、道真さまは、あのまま大宰府で没されたのですね………。」
「道真様は、あのままお亡くなりになった後、雷神様になられたと…………。」
「ええ、恐らく……私はそんな気がしてなりませぬ。」
 日本の雷神は、菅原道真の怨霊であると言う逸話がある。道真の政争の相手は左大臣藤原時平である。時平は、道真が醍醐天皇に対して謀叛を企んでいると訴え、醍醐天皇がこれを受けて、道真の大宰府への左遷を決定した。正式には道真は、右大臣から太宰五権帥に左遷された。
その後間も無く、道真の故郷周辺が激しい雷雨に襲われ、特に清涼殿には突如落雷があった。そこで大納言以下数名が死亡。醍醐天皇はこの為に体調を崩し、そのまま崩御。後に道真の怨霊が引き起こしたと噂される。
延長八年六月二十六日の、「清涼殿落雷事件」だ。

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